TVをつけても、新聞をめくっても、「面白い」とは思えないことがある。
ニュース速報、政治討論、事故現場の映像——情報は届く。けれど、私の生活はほとんど変わらない。
あなたはどうだろう。TVや新聞、まだ面白いと感じる派? それとも「情報ツール」として使う派?
私は後者に近い。面白さが必要なのかどうか、ずっと考えている。
面白いってなんだろう
面白いってなんだろう。
面白いと感じるのは人それぞれの自由ではないだろうか。
政治の話題は金になるからって、煽動したりして、注目を浴びる。それを面白いと思っているのだろうか。面白いと感じているかもしれないけど、どちらかといえば、興味がある人が多いか少ないか。
TVや新聞に面白さは必要だろうか
TVや新聞に面白さは必要だろうか。
ニュースに面白さは必要ないが、正確性は欲しい。新聞も同じことがいえるし、面白いとは思わないけど、情報を効率的に摂取できるツールみたいなものだと思っている。
ニュースもみんな気づいているのではないだろうか。
それを知ったところで、私の生活に大きく影響はしないだろう、と。
戦争紛争で物価高は確かに影響こそする。でも生活を脅かすほどじゃない。
メディアはそれを伝えることで、何を我々にしろといっているのだろうかと勘繰ってしまう。なぜなら、注目を浴びなければ、スポンサーがつかなければ、営業を続けることが難しいからだ。
「報道の公平性」ってなんだろう
「報道の公平性」ってなんだろうね。
ニュース提供側としてはそのままを伝えているつもりだろうけど、政治の話はなぜか専門家なりコメンテーターがいて、意見を聞くのはなぜだ?あえて批判的な意見から入るのはなぜだ?と感じることもしばしば。
派閥とか集団意識なりのなわばり争いなんか、憶測で話をしやすいから、多少誇張したほうが注目をあびる。アテンションエコノミーに気をつけてとか、スマホのメールフィッシングに気をつけてとか、もっともらしいことをいっているが、TVや新聞はそこでここまで稼いできたのではないだろうか。
遠くの出来事と、知ったところで
節税は悪いこととかいうけど、寄付だって節税対策のひとつなんだから、そこをあえて隠すような報道はばからしい。どこかの金持ちが処理に困っている時に、寄付という節税を知ることで助かる人だっているのではないだろうか。
交通事故があればそこに赴いて写真を撮るとか、事故現場を写したところで、影響が出ているのはそこを通る人たちくらいだ。遠くはなれている人にとって事故とか火事は、知ったところでどう反応したらいいのと思う人だっているだろう。
まとめ:面白い必要あるか
面白さと正確性は、同じ土俵に乗せられがちだ。私はニュースに面白さは要らない。要るのは、生活にどう効くかを自分で判断するための材料だ。
「おもしろい必要があるか?」——答えはまだ出ていない。でも、面白くないから見ない、ではなく、面白くないからこそ別の使い方を探す、という方向には向かっている。