書店の本棚が薄くなっていく話を聞くたびに、ふと思うことがある。
書店の嘆きは、本当に現代に寄り添っているのだろうか。紙の書籍じゃないといけない理由は、いったいなんだ?
あなたはどうだろう。本は紙派? それとも電子書籍で十分派?
私は両方使う。でもランキングを見ると、あちらは紙の世界ばかりだった。
書籍離れ、書店離れ
紙にこだわる理由ってなんだという話。
書籍ランキングとか販売では、頑なに「紙」と「電子」が切り分けられている。特に書籍ランキングね。
これは実店舗の購入数をもとに作成しているけど、電子書籍のランキングは公共の場では聞かない。それは配信プラットフォームであるからだ。
ランキングに映らない電子書籍
紙と電子で売上に差異があるのかどうかもわからない。
コスト的にいえば、デバイスで原稿を作成しているから、文章だけなら印刷も必要ないし、今なら校正をAIに任せることもできる。
デジタルファーストであるなら、今の出版社はよっぽど作業効率とか生産性で日本の上位に入れるはず。
輸出モデルは「残り物」から変われるか
その前提として、「日本のアニメ・マンガが世界で受け入れられているかどうか」にある。
NARUTOはアメリカで人気だし、ブラジルではキャプテン翼がきっかけで選手になった人もいる。
とはいえ、いかんせん古いし、この時代はまだ翻訳もろくにできてない時代だった。いわば日本で残っているものを輸出するだけでも成功していたようなもの。
AIローカライズはもう現実に
現代では、画像生成AIを使えばマンガの吹き出しも瞬時にローカライズできてしまう。
ようするに、日本語で作成しても電子なら、オンライン上でDLする人の国籍にあわせて、クラウド上のAIが自動でセリフを翻訳して見やすいようにすることができる。
権利とリスクで止まる日本
これがもう実現可能なのに、日本は独自のAIがないから、他社を利用することができない。
おまけに、権利を主張していっこうに話しが進まない。海賊版うんぬんで経済損失とかいうなら、海賊版を作る意味がないほど、外国向けにローカライズして配信するようにしたらいい。
AIに触れている人ほど、これが痛いほどわかっていると思うが、経営者層ほど「作者の権利」を守るためといって、新しい市場に手をだす「リスク」を渋っている。だから負けてしまうのだ。
紙の本に残る役目
紙の書籍には紙の書籍にしかできない役目がある。
「本を、読む、行為」は何千年と続いてきた文化ではあるし、本という知識デバイスもDNAに刻まれているのではないかと考えている。
学校の図書室がいずれデジタル化することはあるだろうけど、子どもだからこそ、手と目を動かして能動的に文字を読む行為は、廃れされてはいけないと考える。なぜなら、紙の本ほど他人と共有しやすいからだ。
まとめ:ランキングの死角
書籍離れの話は、紙が嫌われた話だけではない。売上の見え方が紙に偏っているから、電子の勢いが公共の場に届かない——その構造の方が気になる。
紙の本は消えない。共有しやすさという強みは残る。ただ、ランキングだけを見て「本が売れない」と嘆くのは、半分しか見えていないのではないだろうか。