「もう限界」「息が切れた」「足が重い」
トレーニングの強度を決める基準が、こういう主観的な感覚だけになっていることはないだろうか。
私はずっと、この感覚頼みのやり方に少し疑いを持っていた。同じ「もう限界」でも、日によって基準がぶれる。数値で見られたらどれだけ楽だろう、と。
あなたはどうだろう。感覚でペースを作る派? それとも数字で管理したい派?
調べてみると、体内の乳酸値を数値化するデバイスはすでに存在し、実用化されていた。今回はその現状を整理しておく。
乳酸を測る目的は「疲労の犯人探し」ではない
乳酸はかつて「筋肉疲労の原因物質」と考えられていたが、現在の運動生理学ではエネルギー源であり、疲労そのものを引き起こす物質ではないことが判明している。
そのため乳酸値測定の主目的は、有酸素運動から無酸素運動へ切り替わる閾値(LT:Lactate Threshold/OBLA:乳酸蓄積開始点)を把握し、トレーニング判断に活用することにある。
| 目的 | 目安となる乳酸値 | 活用場面 |
|---|---|---|
| 限界の一歩手前を維持する | 2〜4 mmol/L 付近 | 疲労を爆発させずに最大負荷を長時間維持するペース設定 |
| 追い込み(高強度インターバル)の基準にする | 6〜10 mmol/L 以上 | 感覚に頼らず十分な追い込みを客観的に確認 |
| 休憩(ワークオフ)のタイミングを図る | 一定レベルまでの低下 | 時間ではなく数値基準でセット間の休憩を管理 |
これにより「息が切れた」「足が重い」といった主観的な感覚に代わり、客観的データに基づいて運動強度・休憩を切り替えられるようになるわけだ。
現場で使われているポータブル型3選
ワイヤレスで汗や間質液を測るタイプも研究・開発が進んでいるが、精度と安定性の面では指先などからわずかな採血を行うポータブル型(血中乳酸測定器)にまだ及ばない。アスリートやスポーツ科学の現場では引き続きこちらが主流だ。
① ラクテート・プロ2(LT-1730) / アークレイ
日本の医療機器メーカーが開発した、国内のスポーツ科学・医療分野における代表的モデル。必要血液量は0.3 µLという極少量で、測定時間は約15秒。手のひらサイズで持ち運びやすく、補正操作が不要なため現場で素早く測定できる。
② Lactate Scout Sport / EKF Diagnostics
海外のプロアスリートやコーチに多く採用されているグローバルモデル。必要血液量は0.2 µL、測定時間はわずか10秒。Bluetooth機能を内蔵し、対応する心拍計との接続やスマートフォン・PCアプリへのデータ転送が可能で、トレーニングデータのログ化に優れる。
③ Lactate Plus / Nova Biomedical
欧米の陸上・自転車・水泳などのトレーニング現場で高いシェアを持つ米国製。必要血液量は0.7 µL、測定時間は約13秒。病院等で使われる医療用テクノロジーをベースにしており、ストリップ(試薬)のコストパフォーマンスに優れるため、頻繁に測定を行うアスリートに向く。
| 製品名 | 必要血液量 | 測定時間 | 主な特徴・強み |
|---|---|---|---|
| ラクテート・プロ2 | 0.3 µL | 15秒 | 国内での実績多数、高精度、使いやすさ抜群 |
| Lactate Scout Sport | 0.2 µL | 10秒 | Bluetooth対応、アプリや心拍計との連携機能 |
| Lactate Plus | 0.7 µL | 13秒 | コストパフォーマンスに優れ、海外で高評価 |
なお血中測定器は「運動しながらリアルタイムに連続計測できない」「数分ごとに針を刺して採血する必要がある」という課題を共通して抱えている。
針を使わない次世代ウェアラブルの展望
針を刺さずに連続計測を行う非侵襲型デバイスの開発も進んでいる。方向性は主に2つある。
1点目は汗センサーパッチだ。肌に貼ったパッチが運動中の汗に含まれる乳酸を検出し、リアルタイムでスマホ等に転送する。慶應義塾大学発ベンチャーをはじめ国内外で研究が進み、医療用・プロスポーツ向けに実用化が始まっている。
2点目はマイクロニードル(間質液)センサー。CGM(持続血糖測定器)と同様に、皮膚下の間質液中の乳酸値を極小の針で連続測定する技術だ。
いずれも一般向けスマートウォッチへの搭載を見据えて開発が進むが、まだ一般ユーザーが気軽に入手できる価格帯・フォームファクタには至っておらず、現状は医療・専門スポーツ分野での利用が中心となっている。
汗センサー方式の最大の弱点は、発汗量の個人差と汗が出るまでのタイムラグだ。汗をかきにくい人や運動開始直後の「無汗状態」では乳酸値を正しく拾えず、トレーニングのタイミング判断にズレが生じる。このギャップを埋めるため、電気刺激で汗を強制的に分泌させるイオントフォレーシスや、NIRS・心拍変動・皮膚電気活動を併用してAIが乳酸値を予測補完するマルチパラメーター推定など、複数の技術アプローチが並行して研究されている。
オールインワン化を阻む物理的な壁
汗センサー・光センサー・微小針・電気刺激を1つのウェアラブル端末に完全統合した市販製品は、現時点で世界に存在しない。
理由は単純ではない。電気刺激回路・近赤外光の発光受光部・AIチップを同時稼働させると消費電力が大きく、スマートウォッチサイズでは数時間しか持たない。微小針による炎症や血流変化が、同じ面に配置した光センサーの精度を狂わせもする。発汗を伴うセンサーは水分・塩分に直接触れるため、精密な光センサーや回路との共存で防水・ノイズ対策が難しい。数日〜数週間で劣化する使い捨てバイオセンサーと、半永久的に使える光学センサー・心拍計を統合すると、構造が複雑化するか高価なデバイスごと使い捨てにせざるを得ない。
そのため世界の開発現場では、1端末への統合ではなく役割分担型のハイブリッド構成が主流になりつつある。腕に貼る使い捨てパッチが発汗に依存せず皮膚下から連続的に乳酸値を測定し、スマートウォッチが光学・心拍・体温を取得、スマホ・クラウド側のAIが両者のデータをリアルタイムで統合演算して「無酸素運動に切り替わった」タイミングを通知する、という組み合わせだ。この方式はすでにプロスポーツや医療の臨床試験レベルで実用化が始まっている。
まとめ:数値で切り替える時代は近い
現時点で最も信頼性が高く実用的な選択肢は、血中乳酸を測るポータブル型測定器であり、非侵襲型ウェアラブルの単体製品としての完成にはまだ物理的な壁が残っている。
その代わり、間質液パッチとスマートウォッチとAIを組み合わせるハイブリッド方式がすでに臨床レベルで動き始めていて、一般向け展開もこの延長線上にありそうだ。
「もう限界」を数値に置き換える日は、意外と遠くないんじゃないかなと思っている。